知らない人に過去の栄光を話したくなる心理とは
旅行先で出会った見ず知らずの老人と会話していたら、だんだん話が弾んできた。そしておもむろに人生の思い出話をし始めた……
- 会社員時代は貿易関係で世界各国を飛び回ったものだよ」
- 「若い頃は美人と言われて、これでもけっこうモテたのよ」
- 「景気が良かったころは、毎晩豪遊したもんだ」
このような話を延々と聞かされた経験はありませんか?タクシーで、病院の待合室で、老人ホームで……富や成功にまつわる自身の武勇伝を、なぜ見ず知らず人に話そうと思うのでしょうか?
これは簡単に言えば、自分の人生を誰かに肯定してもらいたいという心理の表れです。
平凡な人生を「物語」に仕立てるには相手は見ず知らずの人がいい
見ず知らずの人を相手にしたほうが自分の人生を語りやすいことを、通行人効果、老水夫効果といいます。老水夫が昔の冒険を語っているイメージから生まれた言葉です。
人生も終盤に差し掛かると、「自分の一生はこれでよかったのだろうか」という不安がよぎり、誰かに(誰でもいいから)自分の人生を肯定してほしいという気持ちが芽生え、自分の人生の振り返り話を聞いてもらおうとします。
肯定されたいがために、話していうるうちに徐々に脚色が始まります。若い頃はより悪く、貧乏なときはより貧乏に、成功の階段を駆け上がるときはスピーディーに、パートナーとの出会いはよりロマンチックに、人生はどんどんドラマチックになっていきます。
肯定されるためには、自分の過去を詳しく知らない人のほうが良いと考えます。そうであれば多少の誇張や脚色を加えてもわからないからです。これが見ず知らずの人に武勇伝を話している老人の心理の流れです。
たった一度の人生は、ほかの誰の人生とも違う、自分だけの特別なものであってほしい。
それには、見ず知らずの人のほうが話しやすいというのはうなずけるのではないでしょうか。身内や知り合いは、その人にとっての現実であり、そういった人を相手に自分の人生を物語に仕立てにてにくいのです。恥ずかしいですし、仮にうまく脚色できたとしてもあまり感動してもらえないでしょう。
近い身内に話せば、「おじいちゃんの昔話は9割がウソだから」と、陰口を叩かれかねません。身内に話すならせいぜい孫でしょう。
あとはやはりタクシーや旅先で出会う人、キャバクラなど、自分の人生をすべて見てきたわけではない人が相手でないと成立しません。
コールリッジの「老水夫行」とは
老水夫が、結婚披露宴に招かれて向かう3人の若者の1人を呼び止め、自分の辿ってきた航海のことを語ります。
老水夫の乗った船が嵐に遭遇し南極近くの氷の海を漂流していると、1羽のオホウドリが寄ってきました。
彼はその鳥を射殺しました。
すると、呪いがかかり彼が乗った船は赤道直下で停止してしまいます。
赤道直下は灼熱の地獄、船の周囲には鬼火が飛び交い、喉が渇き、苦しみの連続。亡霊船も現れました。そして、ついに彼以外の水夫は全員死んでしまいました。
老水夫は孤独と後悔の念に苦しみながら何日も過ごしました。
老水夫はある晩、月光に輝く海ヘビを見てました。祝福を捧げると、彼は呪いから解放され、無事に帰国することが出来ました。
帰国してしばらくすると、彼は再び旅に出ます。懺悔の旅です。神や全ての生き物を敬うことを説いて回ったのです。